『ここまで来たんだから』が判断を誤らせる。サンクコスト効果と引き返す勇気

ガイド業の裏側

状況が明らかに悪くなっているのに、「ここまでやったのだから」と続けてしまった経験はないでしょうか。

すでに費やした時間やお金がもったいなくて、引き返すという選択肢が見えなくなる。

これは意志が弱いからではなく、多くの人に共通する心理的な仕組みのせいです。

サンクコスト効果とは何か

行動経済学では、これを「サンクコスト効果」と呼びます。

サンクコストとは、すでに支払ってしまい、もう取り戻せないコスト(時間・お金・労力)のことです。

本来、これから先の判断は「この先どうするのが一番いいか」だけで決めるべきで、すでに使ってしまったコストは判断材料にならないはずです。

ところが人は、「ここでやめたら、今まで費やした分が無駄になる」と感じてしまい、合理的に見て引き返すべき場面でも、続ける方を選んでしまいます。UFOキャッチャーとか特に。

これがサンクコスト効果です。

厄介なのは、当の本人はたいてい「もったいないから」ではなく、「まだ挽回できるかもしれない」という前向きな理由で説明してしまうことです。

冷静に見れば損失を広げているだけの選択でも、本人の中では合理的な判断のように感じられてしまいます。

自分も、川の上でこれにハマった

自分自身、この効果にはっきりとハマった経験があります。

ガイドとして担当していたフィッシングツアーで、連日の大雨の後、川の状態を確認する必要がありました。

下見の時点では、上流と下流で川の濁り方に差があり、上流ならまだ釣りになりそうな状態でした。

ゲストと相談し、コースを決めて、ボートを積んだ車で回送に向かいました。

車で移動しながら川を見ていると、下流に向かうにつれて濁りはどんどんひどくなり、最終的にはカフェオレのような色になっていました。

この時点で、「これは引き返した方がいい」と頭では分かっていました。

それでも、「もう車で来てしまった」「また積み直して上流に戻るのは時間がもったいない」と考え、そのままボートを出してしまいました。

結果、コースの半分以上が濁りすぎて釣りにならず、唯一釣れたのは1匹だけでした。

なぜ、分かっていても引き返せなかったのか

このとき自分が惜しんでいたのは、これから先の時間ではなく、すでに使ってしまった移動の手間と時間でした。

本来考えるべきだったのは、「今からどうすれば、残りの時間でゲストに一番いい体験をしてもらえるか」だけだったはずです。

なのに、「せっかくここまで来たのに」という気持ちが先に立ち、冷静な判断を鈍らせました。

さらに厄介だったのは、ゲストを乗せているという状況です。

自分一人の判断ミスなら諦めもつきますが、ゲストの貴重な時間を預かっている以上、「ここで引き返して、何もできずに終わるのも申し訳ない」という気持ちも重なりました。

結果的には、その中途半端な判断が、一番ゲストの満足度を下げる選択になってしまったのですが。

引き返す決断は、その場ではできない

この経験から学んだのは、その場になってからの判断に頼るのは危ういということです。

状況が悪化していく最中は、誰でもサンクコスト効果の影響を受けやすくなっています。

だからこそ、まだ何も投資していない、冷静な段階であらかじめ「撤退の基準」を決めておくことが有効です。

「濁りがこの程度を超えたら、迷わず引き返す」というラインを、行動を始める前に決めておく。

いざその場面が来たときは、悩まずにその基準に従うだけにしておく。

判断そのものをその場でしないことが、サンクコスト効果への一番の対策だと思っています。

もう一つ有効なのは、「今の状態を知らない自分だったら、この状況からどう判断するか」を自問することです。

すでに投資した分を忘れて、まっさらな目で今の状況だけを見れば、続けるべきか引き返すべきかは、案外はっきり見えてきます。

第三者の視点を借りるのも手です。

同行しているゲストや同僚に、今の状況をそのまま伝えて意見を聞くだけでも、自分一人では見えなくなっていた選択肢に気づけることがあります。

仕事でも、趣味でも、同じことは起きる

これは、川の上に限った話ではありません。

読み進めてもつまらない本を最後まで読んでしまう。

うまくいっていないプロジェクトに、それでも予算を投入し続けてしまう。

合わないと感じている習い事や関係を、始めてしまったからという理由だけで続けてしまう。

値下がりした株を、買った値段を基準に「戻るまで待とう」と持ち続けてしまう。

行列に並んでみたものの、思ったより時間がかかりそうだと分かっても、並んだ分がもったいなくて離脱できない。

どれも、すでに費やしたものを惜しんで、これから先の判断を誤らせている場面です。

「ここまでやったのだから」と思ったときほど、一度立ち止まって、これから先の時間だけで考え直してみる価値があります。

あの日の教訓を、次に活かす

あの大雨のツアー以来、天候や川の状況が怪しいときは、行く前に「ここまで悪化したら引き返す」という基準を決めてから出発するようにしています。

同じ失敗を繰り返さないための、自分なりの対策です。

天塩川でのドリフトボートフィッシングツアーは、今もGAC・River Toursで続けています。

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